2016/05/28
静岡の茶産地が 本山(ほんやま)からスタートして 周辺地域に拡散したという話を以前にしました
日本の茶産地は ある場所を拠点として周辺に拡散していきます そして それは同種の系統のお茶の作り方が拡散されていきます(当たり前のことですがね)
日本茶栽培のはじまりは 現在の福岡県と佐賀県の県境にある背振山(せふりやま)に宋の国から茶の種を持ち帰った臨済宗の開祖 栄西が植えたところからだそうです
もちろん それ以前 平安の昔に伝教大師(最澄)が遣唐使から帰国し 比叡山の東山麓 琵琶湖の西岸 近江坂本 日吉大社にお茶の種を蒔いて「日吉茶園」を開いた記録もあります

日吉茶園は現存する最古の茶園です
(画像は 山王総本宮 日吉大社から拝借しました http://hiyoshitaisha.jp/ )
その背振山から 西に向かうと嬉野に 南に向かうと八女に 辿り着きます
それぞれ 背振山のお茶が伝わったんでしょうね
そして 宋から帰国した栄西は 臨済禅を京の都に普及させることが出来ずに 鎌倉に下るのですが お茶の種を友人の明恵(みょうえ)上人に預けます
この明恵上人が 京の栂尾に茶園を作ったのが京に茶園が根付くきっかけだったようです

高山寺に残る茶園(画像は 栂尾山 高山寺HPから拝借 http://kosanji.com/chaen.html )
明恵上人は紀州(現在の和歌山県)の生まれ 私の同郷の大先輩です
ここに茶業に携わっているものとして因縁を感じています
そして この栂尾山高山寺から南に向かった場所が「宇治」です
この「宇治」の茶園経営と製茶技術が 南に下って 大和高原に広まりました
それが 大和茶のはじまりだそうです(月ヶ瀬など)
また 別の経路では 東に向かって広がり 近江朝宮茶になりました
また 別の経路で 大和から東に向かい 伊勢茶として広がっていたようです
このように 九州では背振山を 畿内では宇治を 駿河では本山を 中心に茶園が広がっていきました もちろん その製茶方法も 中心産地の技法が広まっていったようです
ただ その産地の土壌や若干の技法のアレンジがあるので 産地によって出来上がるお茶の味が違ってきます
地図とにらめっこしながら 各産地のお茶を飲むのも 楽しいですよ
今回も最後までお読みいただき ありがとうございます(多謝)
【おまけ】

別府湾の夕景
九州からお茶は瀬戸内を渡って畿内に入っていったんでしょうね