2025/08/15
茶のみ仲間のニシウエです
いつだったか?帰省した際に 父から和歌山大空襲の際の様子を聞いたことがあります
和歌山市内の中心部に住んでいた父は 焼夷弾が落ちる中 母(私の祖母)や兄弟(8人)とともに 郊外に向かって走って逃げたそうです
その際 祖母が腰を抜かしてしまって 次男で小柄だったが 力が強かった父が祖母を背負って走ったそうです
和歌山城は焼け落ち 父の自宅(建具屋)も焼け落ちました
父が小学6年生のとき 昭和20年(1945年)7月9日の深夜でした
その後 父を含む家族は 九度山の親戚を頼って疎開しました
そこで 父はいじめにあったそうです
中学校では 教科書を貸してもらえず 弁当は捨てられ かなり強烈ないじめにあったそうです
和歌山市内ではガキ大将だったこともあり 堪忍袋の緒が切れた父は 学校で暴れてそれ以来 学校には行かず 農家に奉公に出たそうです
そこで 肉牛の解体や農業を覚えたのですが それはそれは過酷な労働だったと言ってました
戦争が無ければ その後の人生も違っていたのでしょう
そんな父と母を思い出した
今年のお盆でした