2016/09/30
茶のみのニシウエです
明日は 夜茶のみ『「百姓の持ちたる国」を「決断」した加賀一向一揆』を語ります
「百姓」というのは 現在では一般的に「お百姓さん」という呼び方の通り 農家の方々を指すものと思われています
しかし 時代によって『百姓』の概念が違うことをご存知でしたか?
詳細は明日語ることになるので ここでは控えますが 現在「当たり前」と思われていることは 実は以前は全然違う意味で使われているということが たまにありますよね
古文を習ったときに思ったのが「あはれ」や「あした」
古文で「あはれ」は 情緒深いとか 愛おしい などといった意味がありますが 現代では 悲しいやみすぼらしいなどといった意味になります
「あした」は 古文では朝を表現します
このように 時代によって変化することを受け入れながら 次の時代に向けて 対応していかなければ 時代に取り残されてしいます
取り残されることが悪いことではありません
しっかりと軸(理念)を持って その軸を起点にビジョンを描けていれば それは取り残されているのではなく 時代に対応することで 取り残されているように見せるということになります そしてそれが強みになります
私が言っているのは 軸(理念)を明確にしていないために 時代の変化を傍観して 旧態依然のやり方に固執してしまうこと
これは 非常にオソロシイことです
歴史をなぞることで見えてくることがあります
今回の夜茶のみでは その歴史の「決断」の裏側にあるものをあぶりだすことで 今を生きる我々の参考になればと思って語らせていただきました
明日は その最終回 ご当地ネタでもあるので しっかりとお伝えしたいと思います
今回も最後までお読みいただき ありがとうございます(多謝)
【おまけ】

数多くの歴史が眠る里「高野山」 紅葉の季節に訪れるのもいいですよ